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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)2983号 判決 1980年4月01日

原告(反訴被告) 伊部トヨ

原告 伊部忠男

原告ら訴訟代理人弁護士 松村彌四郎

被告(反訴原告) 川崎利威

右訴訟代理人弁護士 弘中徹

主文

一  原告(反訴被告)伊部トヨと被告(反訴原告)との間において、原告(反訴被告)伊部トヨの被告(反訴原告)に対する別表1(7)の借用金債務は金七一、九二八円を超える限度において存在しないことを確認する。

二  被告(反訴原告)は、原告伊部忠男に対し金三万円及びこれに対する昭和五一年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)伊部トヨは、被告(反訴原告)に対し金一、五〇二、四六七円及びこれに対する昭和五三年一〇月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告(反訴被告)伊部トヨの債務不存在確認を求める請求中、別表1(7)の借用金債務のうち金七一、九二八円の不存在確認を求める部分を棄却し、別表1(1)ないし(6)、(8)ないし(10)、の各借用金債務不存在確認を求める部分の訴を却下する。

五  原告(反訴被告)伊部トヨの不当利得金及び損害金の支払を求める請求の全部、原告伊部忠男の本訴請求及び被告(反訴原告)の反訴請求中前記各認容部分を除く部分を棄却する。

六  訴訟費用は、本訴、反訴を通じ、原告(反訴被告)伊部トヨと被告(反訴原告)との間においては、原告(反訴被告)伊部トヨに生じた費用の四〇分の一を被告(反訴原告)の、被告(反訴原告)に生じた費用の四〇分の三八を原告(反訴被告)伊部トヨの各負担とし、その余を各自の負担とし、原告伊部忠男と被告(反訴原告)との間においては、原告伊部忠男に生じた費用の三分の一を被告(反訴原告)の、被告(反訴原告)に生じた費用の四〇分の一を原告伊部忠男の各負担とし、その余を各自の負担とする。

七  この判決第二、三項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  本訴(昭和五〇年(ワ)第一九三〇号、同年(ワ)第二九八三号各事件)について

1  原告(反訴被告)伊部トヨ(以下「原告」トヨという)

(一) 原告トヨと被告(反訴原告、以下「被告」という)との間において、原告トヨの被告に対する別表1の(1)ないし(10)の各借用金債務が存在しないことを確認する。

(二) 被告は原告トヨに対し金一、六二三、五九七円及び内金三三、五九七円に対する昭和五〇年三月一四日から、内金八万円に対する同年四月三〇日から、内金八〇万円に対する昭和五一年六月一〇日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

(四) 第(二)項につき仮執行宣言

2  原告伊部忠男(以下「原告忠男」という)

(一) 被告は原告忠男に対し金一四万円及びこれに対する昭和五一年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

3  被告

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

二  反訴(昭和五三年(ワ)第八三一五号事件)について

1  被告

(一) 原告トヨは被告に対し金一五二万円及びこれに対する昭和五三年一〇月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告トヨの負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  原告トヨ

(一) 被告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴(昭和五〇年(ワ)第一九三〇号、同年(ワ)第二九八三号事件)について

(請求原因)

1 債務不存在及び不当利得

(一) 原告トヨは、被告から別表1(1)ないし(10)記載のとおり一〇回にわたり金員を借り受けた。

(二) 原告トヨは、右借用金につき別表2(1)ないし(10)記載のとおり弁済した(利息の天引を含む)。この弁済額を、右各借用金の利息制限法の定める制限利率に従って計算した利息、遅延損害金、及び元金に順次充当すると、同表(1)、(3)、(6)、(9)、(10)の各借用金につき合計八五、四四六円の過払が生じる。

(三) 同表(7)の借用金については、同表記載のとおり、金五一、八四九円の残元金が存したが、原告トヨは、被告に対し昭和五〇年五月二日陳述の同日付本訴訴変更申立書によって、右債務と前記過払金返還債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(四) したがって、原告トヨの前記各借用金債務はすべて消滅し、被告は同原告に対し前記過払金から相殺に供した金員を控除した金三三、五九七円を不当利得金として返還すべき義務がある。

しかるに、被告は、原告トヨに対し前記別表1(1)ないし(10)の借用金債務が存在すると主張し、その支払を求めている。

2 不法行為

(一) 被告は、原告トヨに対し、同原告が長谷川タキの実姉永藤ハツの名を名乗って被告に電話をかけ、タキに後記反訴請求原因2(一)(二)の合計二五万円を貸してやってくれるよう依頼したことをもって詐欺罪にあたるかのように申し向け、また、原告トヨが夫に内緒にしていた被告からの金員借用の事実を夫に打明けると威嚇し、昭和五〇年二月二日東久留米市所在の喫茶店において原告トヨをして予め自己の作成した供述書に強引に署名指印をさせた。

(二) 被告は、原告トヨが被告に対し何等債務を負担しておらず、かつ、同原告が被告に対し昭和五〇年三月一〇日前記1記載の債務不存在確認を求める本訴昭和五〇年(ワ)第一九三〇号事件を提起し、事件を弁護士松村彌四郎に委任したことを通知しているにもかかわらず、次のように、執ように、夜中から朝にかけて、原告トヨとその夫である原告忠男両名宛に電報を打ち、原告らの安眠を妨害した。

(打電年月日時、名宛人、電文)

(1) 昭和五〇年三月一八日午前〇時二四分、原告トヨ宛、「スグカエセ カワサキ」

(2) 同月一九日午前〇時三一分、原告トヨ宛、「ノコリタノム カワサキ」

(3) 同月二四日午前五時四一分、原告トヨ宛、「タバタタキブンノコリヨロシク」

(4) 同月二五日午前一時〇〇分、原告トヨ宛、「オヤジニソウダンセヨ カワサキ」

(5) 同月二八日午前七時〇四分、原告忠男宛、「一二五マンサギジケンニツイテトヨニキケ カワサキ」

(6) 同月三一日午前六時五二分、原告忠男宛、前記(5)と同文

(7) 同年四月一日午前三時二四分、原告トヨ宛、「一二五マンサギノケンオヤジニハナシトケチカクマイル」

(8) 同月三日午前一時〇〇分、原告忠男宛、「ノコリ二九ト一二五アルトヨニキケ カワサキ」

(9) 同月六日午前九時一四分、原告トヨ宛、「ジジツヲスベテオヤジニハナシソウダンセヨ カワサキ」

(10) 同月九日午前二時一四分、原告トヨ宛、「スグヘンサイセヨ カワサキ」

(11) 同月一六日午前〇時五四分、原告トヨ宛、「六ト二三カイケツセヨ カワサキ」

(12) 同月一九日午前九時一五分、原告トヨ宛、「サギモンダイカイケツセヨ カワサキ」

(13) 同月二二日午前七時〇六分、原告トヨ宛、「二九ト一二五ノケンスグカイケツセヨサギトヨ」

(三) 被告は、原告トヨが被告に対し何等債務を負担していないのに、これがあるように主張し、昭和五〇年二月二〇日、原告らの留守中、原告らの子らに対し電話で「金を返さなければ学校へばらす」と申向け、更に、原告トヨに対し電話で「金を返さなければ家の中を血の海にする」等と申向けて、原告トヨを脅迫した。

(四) 被告は、昭和五〇年四月頃から、しばしば夜半から早朝にかけて原告ら方に電話をかけ、原告らが受話器をとると電話を切るという行為を繰りかえし、原告らの安眠を妨害した。

(五)(1) 原告トヨは、前記(一)ないし(四)の被告の不法行為により著しい精神的苦痛を蒙った。これに対する慰謝料の額は、前記(一)につき金三〇万円、(二)につき金三〇万円(一回の打電につき金二万円の割合、ただし、(二)(8)、(13)の打電は、原告トヨに対する貸付残金二九万円と反訴請求にかかる金一二五万円の連帯保証債務金の支払を求めるものであるので、慰謝料の算出においてはそれぞれ二回と評価した。)、(三)及び(四)につき計金二〇万円、合計金八〇万円が相当である。

(2) 原告忠男は、前記(二)(3)(5)ないし(8)(12)(13)の被告の不法行為により著しい精神的苦痛を蒙り、これに対する慰謝料の額は、金一四万円(一回の打電につき金二万円の割合)が相当である。

(六) 原告トヨは、被告が前記1のとおり同原告に対し不当な貸金請求をし、前記損害金を支払わないため、本訴昭和五〇年(ワ)第一九三〇号事件(請求原因1の債務不存在確認及び不当利得返還並びに同2(二)(1)(2)(4)(8)ないし(11)(13)の不法行為に基づく金二六万円の損害賠償を求める訴)の提起・追行を弁護士松村彌四郎に依頼し、同人に対し昭和五〇年三月八日手数料四万円を支払い、成功報酬として金二八万円(訴額の二割)の支払を約束している。

また、同原告は、被告が同原告に対し反訴請求にかかる不当な連帯保証債務の履行を求め、かつ、前記損害金の支払をしないため本訴昭和五〇年(ワ)第二九八三号事件(請求原因2(一)(二)(3)(5)ないし(8)(12)(13)の不法行為に基づく金一四万円の損害賠償及び反訴請求にかかる連帯保証債務金一二五万円の不存在確認((右確認請求は本件第三七回口頭弁論期日において取下げた))を求める訴)の提起・追行を同弁護士に依頼し、同人に対し同年四月一日手数料四万円を支払い、成功報酬として金四三万円の支払を約束している。

したがって、原告トヨは、前記被告の不当な貸金・連帯保証金の請求及び前記(一)ないし(四)の各不法行為によって、右弁護士費用合計金七九万円相当の損害を蒙った。

3 よって、

(一) 原告トヨは、被告に対し

(1) 別表1の(1)ないし(10)の各借用金債務の不存在確認

(2) 前記1(二)の過払金(不当利得金)八五、四四六円から相殺に供した金五一、八四九円を控除した金三三、五九七円及びこれに対する過払の日の後である昭和五〇年三月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による利息金の支払

(3) 前記2(五)(1)の慰謝料金八〇万円及びこれに対する原告トヨの昭和五一年三月一〇日付「訴変更申立書」及び原告らの同年二月一三日付「訴変更申立書並びに準備書面」各陳述の翌日である同年六月一〇日から支払ずみまで前同様の遅延損害金の支払

(4) 前記2(六)の弁護士費用相当の損害金七九万円及び内金八万円(支払ずみ手数料)に対する本訴両事件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年四月三〇日から支払ずみまで前同様の遅延損害金の支払

(二) 原告忠男は、被告に対し前記2(五)(2)の慰謝料金一四万円及びこれに対する前記(一)(3)記載の昭和五一年六月一〇日から支払ずみまで前同様の遅延損害金の支払を求める。

(被告の答弁)

1(一) 請求原因1(一)のうち、被告が原告トヨに対し別表1記載の貸付日に同表記載の金員を貸し付けたことは認めるが、その余は否認する。

ただし、被告は、同表(7)記載の貸付日に同表(7)記載の一五万円のほか三万円、合計一八万円を貸し付けたものである。

(二) 同1(二)のうち、原告トヨ主張の弁済の事実は否認し、その余の主張は争う。

ただし、別表1(1)ないし(6)、(8)ないし(10)の各貸金債権がすでに弁済により消滅していることは認める。また、同(7)の貸金(反訴請求原因1(二)の貸金と同じ)債権のうち金一〇万円は、原告トヨより交付を受けた別紙小切手目録記載の小切手(以下「本件小切手」という)金からの弁済充当により消滅している。

(三) 同1(四)の事実は否認する。被告が原告トヨに対し同原告主張の貸金につき支払を求めているのは、同表(7)の貸金中前記金一〇万円を控除した残金八万円のみである。

2(一) 同2(一)は否認する。

(二) 同2(二)のうち、被告が原告ら主張のとおり打電したことは認めるが、その余は否認する。

(三) 同2(三)(四)は否認する。

(四) 同2(五)(1)(2)は争う。

(五) 同2(六)は争う。

(六) 被告が打電により原告トヨに対して貸金等の返済を迫ったのは、次の事情による。

被告は、かねて長谷川タキの夫長谷川忠男に対する貸金の取立に苦慮していたが、タキの姉で宇都宮で衣類問屋を経営していた永藤ハツには信用をおいていたところ、原告トヨは、右事情を奇貨として、タキと共謀の上、昭和四九年一二月一六日夜自ら永藤ハツと名乗って被告に電話し、「実は急に母が身体を悪くし、今母のところに来て母に付き切りにしていますが、妹(タキ)が今金一〇万円をどうしても必要だと言っているから、出してやって下さい。前回約束した長谷川忠男の借りた金一〇〇万円も必ず一緒に送りますので」と虚偽の事実を申し向けて被告を安心させ、その三〇分後にタキが被告方に出向いて被告から一〇万円の交付を受け、被告から右金一〇万円を借用名下に騙取し、その翌日もまた、同じような手口を用いて被告より金一五万円を騙取した。

被告は、原告トヨに対し反訴請求にかかる債権の返済を求めても、同原告が全くこれに応じようとせず、しかも前記のような事情が明らかになったので、打電による返済を追ったものであり、被告の行為には違法性がない。

二  反訴(昭和五三年(ワ)第八三一五号事件)について

(請求原因)

1 被告は、原告トヨに対し次のとおり金員を貸付けた。

貸付日(昭和年月日) 貸付金額 弁済期(昭和年月日)

(一) 四九・一二・二七 一三万円 五〇・二・二〇

(二) 五〇・一・七 一八万円 五〇・三・一五

(三) 五〇・一・二七 六万円 五〇・二・二〇

2(一) 被告は、

(1) 長谷川忠男に対し、イ昭和四九年五月頃金二五万円、ロ同年七月頃金四〇万円、ハ同年九月頃金五〇万円、合計金一一五万円を、

(2) 長谷川タキに対し、イ同年一二月一六日頃金一〇万円、ロ翌一七日頃一五万円、合計金二五万円を、それぞれ貸し付けた。

(二) 原告トヨは、昭和五〇年二月一二日被告に対し、前項(1)の長谷川忠男の債務中の金一〇〇万円、及び前項(2)の長谷川タキの債務金二五万円、合計一二五万円の債務につき連帯保証をすることを約した。

3 よって、被告は原告トヨに対し次の金員の支払を求める。

(一) 前記1(一)ないし(三)の貸金合計四七万円から、(二)の貸金につき本件小切手金から弁済を受けた金一〇万円を控除した金三七万円

(二) 前記2の連帯保証金合計一二五万円の内金一一五万円

(三) 右(一)(二)の合計一五二万円に対する反訴状陳述の翌日である昭和五三年一〇月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(原告トヨの答弁)

1 請求原因1(一)(三)は否認する。同(二)は、原告トヨが昭和五〇年一月七日被告より金一五万円を借り受けたことは認めるが、その余は否認する。右金一五万円の借用の内容は別表1(7)のとおりである。

2 同2(一)は不知、同2(二)は否認する。

(原告トヨの抗弁)

1 被告主張の反訴請求原因1(二)の貸金は、原告トヨが本訴において不存在確認を求めている別表1(7)の貸金と同一のものであるが、被告は、本訴における答弁において右貸金額が金一五万円であるとの原告の主張(本訴請求原因1(一))を自白しているから、反訴において右貸金額が金一八万円であると主張することは、自白の撤回にあたり、異議がある。

2 仮に請求原因1の各貸付が認められるとしても、原告トヨは、昭和五〇年三月一三日本件小切手を被告に交付し、右小切手の決済により右貸金を弁済した。

3 また、原告トヨは、本訴請求原因1(三)記載のとおり、同(二)記載の過払金返還請求権をもって、反訴請求原因1(二)(別表1(7))の貸金の内金五一、八四九円と対当額で相殺した。

4 仮に前記主張が認められないとしても、原告トヨは、昭和五三年一〇月一九日陳述の同月一三日付答弁書をもって、本訴請求にかかる損害賠償債権金一五九万円(本訴請求原因3(一)(3)(4))をもって被告主張の反訴請求原因1の各貸金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

5 仮に反訴請求原因2(二)の連帯保証契約が成立したとしても、右は、原告トヨが被告からその契約書を示され、「これに署名しないと詐欺罪でブタ箱にぶち込む」と強迫されて、右契約書に署名し、これにより右契約を締結したものである。

よって、原告トヨは、被告に対し昭和五三年一〇月一九日陳述の同月一三日付本件反訴に対する答弁書をもって、右契約締結の意思表示を強迫を理由に取消す旨の意思表示をした。

(原告トヨの抗弁に対する答弁)

1 抗弁1は争う。

2 同2のうち、被告が原告トヨより本件小切手を同原告に対する貸金の弁済のため交付を受け、これが決済されたことは認めるが、その余は否認する。

右小切手金による弁済は、別表1(1)の貸金債権二〇万円と反訴請求原因(二)の貸金債権一八万円中の被告が反訴請求金額から控除している金一〇万円の弁済に充当したものである。

3 同3のうち、原告トヨが過払金返還請求権を取得したことは争う。

4 同4のうち、原告トヨがその主張の損害賠償債権を取得したことは争う。

5 同5のうち、強迫の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴請求について

一  債務不存在確認請求について

原告トヨが不存在の確認を求める別表1記載の各貸金のうち、同表(7)の貸金を除く各貸金については、被告においてもこれが弁済により消滅したことを自認し、かつ、《証拠省略》によれば、被告において遅くとも昭和五〇年四月以降右貸金の支払を請求したこともなければ、現在、将来ともこれをする意思がないことを認めることができる。そうすると、原告トヨにおいて被告との間で右貸金債務の不存在確認を求める利益はないといわなければならない。

同表(7)の貸金は、被告の反訴請求にかかる反訴請求原因1(二)の貸金と同一のものであるところ、《証拠省略》によると、被告は、昭和五〇年一月七日原告トヨに対し金一八万円を、弁済期同年三月六日の約で貸し付けたことを認めることができる。

原告トヨは、右貸金につき利息三万円を天引きされた旨主張し、《証拠省略》には、右主張にそう記載があるが、《証拠省略》に照して、たやすく信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

次に、原告トヨは、被告に対して交付した本件小切手の小切手金三〇万円より金七四、一五五円が右貸金の弁済に充当されたと主張し、被告は、右小切手金より金一〇万円が右貸金の弁済に充当されたことを自認するところ、後記第二、一3において説示するとおり、右被告の自認する事実を証拠により認定することができる。

そして、更に、右金一〇万円を控除した貸付残元金八万円のうち、金八、〇七二円の部分が相殺により消滅したことは、後記第二、一4において説示するとおりである。

したがって、原告トヨが不存在の確認を求める別表1(7)の借用金債務は、右貸付残元金八万円より右相殺によって消滅した金八、〇七二円を控除した金七一、九二八円の限度で存在し、これを超える部分は存在しないものというべきである。

二  不当利得(過払金)返還請求について

《証拠省略》によると、原告トヨは、別表1(3)の貸金八万円(弁済期昭和五〇年一月二五日、利息月一割の約)につき昭和五〇年二月六日元利金として金九万円を支払ったことを認めることができる。同原告が右貸金について右金額以上の金員を弁済したことについては、これにそう《証拠省略》は、《証拠省略》と対比して、たやすく信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

原告トヨは、別表1(1)(6)(9)(10)の各貸金について別表2(1)(6)(9)(10)のとおり元利金を弁済したと主張し、《証拠省略》には右主張にそう部分があるが、これは、《証拠省略》と対比して、たやすく信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

前記認定の別表1(3)の貸金八万円に対する弁済金九万円を、貸付日昭和四九年一二月二五日から弁済日までの利息制限法に定める制限利率(年二割)によって計算した利息及び遅延損害金合計金一、九二八円(80,000円×0.2×44÷365)及び元金に充当すると、金八、〇七二円が過払いになる。

そうすると、被告は、原告トヨに対し右金員を不当利得金として返還すべき義務が生じたものといわなければならないが、右不当利得について、被告が悪意であることの主張、立証はないから、右不当利得金についての利息支払義務が生じたものということはできない。そして、右不当利得返還義務が相殺により消滅したことは、後記第二、一4において説示するとおりである。

三  不法行為に基づく損害賠償請求について

1  本訴請求原因2(一)の不法行為について

《証拠省略》によると、原告トヨが昭和五〇年二月九日東久留米の駅前の喫茶店において被告が予め内容を記載した「供述書」と題する書面に署名指印したことを認めることができる。

原告トヨは、右は、被告が原告トヨを脅迫し強引に署名指印させたものであり、不法行為を構成すると主張するので、判断する。《証拠省略》によると、原告トヨの友達である長谷川タキの夫長谷川忠男は、昭和四九年初め頃から数回にわたり被告から金員を借用し、同年一二月頃にはその借用金額は金一一五万円に達していたこと、タキは、右夫の借用金を返済しないまま更に被告から金員を借用したいと思い、そのためには、同女の姉で宇都宮において衣料店を経営していた永藤ハツの口添があればよいと考えたが、それが期待できなかったため、一計を案じ、友達の原告トヨに、ハツになりすまして被告に電話してくれるよう依頼したこと、そこで、原告は、右タキの依頼を受けて、昭和四九年一二月一六日自ら永藤ハツと名乗って被告に電話し、「実は急に母が身体が悪くなり、母のところに来て母につききりになっているが、妹(タキ)に一〇万円出してやってほしい、私が右借用金を忠男の借用金中の一〇〇万円と一しょに必ず送金するから」という旨を申し述べたこと、そして、その後間もなく、タキが被告方を訪れ、右電話の言によりハツが忠男及びタキの借用金の返済につき責任をもってくれると誤信した被告から、金一〇万円を借用したこと、そして、更に、その翌日再び原告トヨは、タキの依頼を受けて、ハツを名乗って被告に電話し「妹(タキ)にもう一五万円出してほしい、全部で一二五万円を必ず送金するから」という旨を申し述べ、その直後タキが被告方に訪き、前同様誤信した被告から金一五万円を借用したこと、このような事件があった後、事の真相を知り原告トヨに欺されたことがわかった被告は、同原告を詐欺罪で告訴しようと決意し、前記事件のいきさつを記載した「供述書」と題する書面を作成し、自己の友人で原告トヨとも知り合いである小倉某を介して、同原告に対し右書面に署名捺印することを求めたこと、その結果、原告トヨは、昭和五〇年二月九日前記喫茶店で右小倉の立会のもと、前記認定のとおり、「供述書」に署名指印したこと、右席上には被告はいなかったこと、そして、原告トヨは、前記事件について責任をとる意味もあって、同月一二日被告に対し長谷川忠男の前記借用金債務中の金一〇〇万円及びタキの前記借用金債務二五万円、合計一二五万円につき連帯保証を約したこと、そのため、被告も前記告訴の決意を消失したことを認めることができる。そして、前掲証拠によると、前記小倉某が原告トヨに対し「供述書」に署名捺印を求めるにあたり、被告において前記刑事告訴の意思を有していることを同原告に伝えたことは、容易に推認できるところであるが、前記認定事実に徴すれば、それが被告の不法行為を構成するものとはとうていいうことができず、それ以外に、前記「供述書」の署名指印に関して被告が原告トヨに対して不法行為を構成するような脅迫的言動に出たことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、請求原因2(一)の不法行為の主張は、これを採用することができない。

2  本訴請求原因2(二)の不法行為について

被告が、原告トヨにおいて本訴請求原因1の債務不存在確認を求める本訴昭和五〇年(ワ)第一九三〇号事件を提起した後の昭和五〇年三月一八日から同年四月二二日までの間一三回にわたり、原告トヨ及びその夫である同忠男宛に原告ら主張のとおりの打電をしたことは、当事者間に争いがなく、このうち本訴請求原因2(二)(1)ないし(4)、(6)ないし(8)、(10)(11)の各打電は、午前〇時頃から午前六時頃までの夜半ないし早朝に打電されたものであって、これによって原告らが安眠を妨害され、精神的苦痛を蒙ったことは容易に推認されるところであり、かつ、原告トヨの供述によっても、右事実を認めることができる。

そこで、右各打電行為の違法性について判断するに、被告が右各打電をした当時原告トヨに対し貸金残債権金三七万円及び連帯保証債権金一二五万円を有していたことは、後記第二、一、二において説示するとおりであるところ、前記各打電の内容、《証拠省略》によると、右各打電のうち原告トヨ宛のもの(前記(1)ないし(4)、(7)(10)(11))は、被告が同原告に対し右債権の支払を請求する目的に出たものであり、原告忠男宛のもの(前記(8))は、原告トヨの夫たる原告忠男に対しても右債権の支払に責任を負わせようとする目的に出たものであることを認めることができる。

しかし、債権者が、いかに正当な貸金等債権の回収をはかる目的に出たものとはいえ、特別の事由もないのに、一般市民の就寝時間である午前〇時頃から午前六時頃までの時間帯をことさらに選んで、約一か月の間三日にあけず、債務者とその配偶者に対し支払請求の打電をすることは、債務者とその家族の正当に保護されるべき生活の静穏等の利益を不当に侵害するものであり、債権行使の方法として許されるべき範囲を逸脱し、違法であるといわなければならない。

もっとも、《証拠省略》によると、原告トヨは、前記1において認定したとおり被告を電話で欺し、そのため、被告は、同原告を刑事告訴しようとまで決意し、同原告が長谷川忠男及びタキ夫妻の借用金債務につき連帯保証を約したため、右告訴を宥恕したが、その後、同原告が被告の電話による請求にもかかわらず、右債務の履行につき必ずしも、誠意ある態度を示さなかったため、前記打電に及んだことを認めることができる。しかし、右のような事情は、過失相殺の法理により損害額の算定につき斟酌すべき事情にはなりえても、被告の前記打電行為の違法性を阻却するまでのものではないといわなければならない。

そうすると、前記請求原因2(二)(1)ないし(13)の打電のうち、(5)(6)(9)(12)(13)の各打電については、午前六時五二分から九時一五分の間の打電であって、原告忠男が建築業者で午前七時三〇分頃出勤する者であるという事実(右事実は《証拠省略》によって認められる)に徴して、いまだ、原告らの安眠等の生活の静穏を害する違法のものとはいいがたいが、その余の打電は、前記説示のとおり違法であるといわなければならないから、被告は、これによって原告らが蒙った損害を賠償すべき義務がある。

そこで、原告らの蒙った精神的苦痛を償うべき慰藉料の額につき判断するに、前記打電の回数、期間、頻度、内容、前記認定の被告が右打電をするに至った事情、特にその縁由において、原告トヨにおいても偽電話の件等責められるべき過失があったこと、原告らの関係、その他本件証拠に顕われた諸般の事情を総合すると、右慰藉料の額は、原告トヨにつき金一万円、同忠男につき金三万円と認めるのを相当とする。

次に、弁護士費用の点について判断するに、原告トヨの供述によると、原告トヨは、本件本訴各事件を提起・追行することを弁護士松村彌四郎に委任し、その手数料として合計金八万円を支払ったことを認めることができ、被告の前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、金二、〇〇〇円が相当であると認める。

したがって、被告は、前記不法行為に基づく損害賠償として、原告トヨに対し金一二、〇〇〇円、同忠男に対し金三万円の支払義務が生じたものというべきである。

しかし、右のうち原告トヨに対する支払義務は、後記第二、一において説示するとおり、同原告に対する貸金債権と相殺されることにより、消滅したものである。

3  請求原因2(三)、四の各不法行為について

原告トヨは、請求原因2(三)(四)の各主張事実にそう供述をするが、《証拠省略》と対比して、たやすく信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

4  原告トヨは、被告が同原告に対し本訴請求原因1の各貸金及び反訴請求原因2の連帯保証金の支払請求をしたこと自体をもって、不法行為にあたる旨を主張するが、右主張が認められないことは、前記一及び後記第二、二において説示するところにより明らかであるといわなければならない。

第二反訴請求について

一  被告の原告トヨに対する貸金請求について

1  《証拠省略》によると、反訴請求原因1の事実(ただし、同1(二)の貸金の弁済期は昭和五〇年三月六日であること)を認めることができる。

2  そこで、原告トヨの抗弁1について判断するに、原告トヨが本訴において別表1(7)の金一五万円の消費貸借の成立を主張したのに対し被告がこれを認める旨の答弁をしたことは、本件記録上明らかであるが、被告が反訴において右同一の消費貸借金として原告主張の金額を超える金額を主張することは、何ら自白の撤回とはならないと解されるから、原告トヨの抗弁1の異議は理由がない。

3  次に、原告トヨの抗弁2について判断するに、同原告が昭和五〇年三月一三日被告に対する貸金の弁済のため本件小切手を被告に交付し、これが決済されたことは、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によると、原告トヨが本件小切手を被告に交付した当時、原告トヨの被告に対する貸金債務は反訴請求原因1(一)ないし(三)の各貸金合計四七万円のほか別表1(1)の貸金二〇万円の各債務が残存していたことを認めることができる(反訴請求原因1(二)((別表1(7)))の貸金につき利息三万円を天引された旨の原告トヨの主張が認められないことは、前記第一、一において説示したとおりである。)。しかし、本件小切手金が反訴請求にかかる貸金の各弁済に充当されたことについては、右主張にそう原告トヨの供述は、被告の供述(第一回)、及び被告が右各貸金の債権証書を所持していること(右事実は、《証拠省略》によってこれを認めることができる)、弁論の全趣旨(原告トヨは、本訴においては右小切手金は別表1(2)(4)(7)の各貸金の弁済に充当された旨主張している。)に照し、たやすく信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。かえって、前掲採用証拠によれば、本件小切手金は、被告の充当指定により反訴請求原因1(二)の貸金一八万円中の被告において反訴請求金額から控除している金一〇万円と別表1(1)の貸金二〇万円の弁済に充当されたものと認めることができる。したがって、原告トヨの抗弁2も理由がない。

4  次に、原告トヨの抗弁3について判断するに、原告トヨが被告に対して金八、〇七二円の不当利得返還請求権を取得したことは、前記第一、二において説示したとおりであり、同原告が、その主張のとおり、昭和五〇年五月二日右不当利得返還請求権をもって、被告の反訴請求原因1(二)の貸金中金五一、八四九円と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、被告において明らかに争わないので自白したものとみなす。そうすると、右の相殺適状は、被告の右貸金の弁済期である昭和五〇年三月六日に生じるから、右相殺により、右貸付元金は金八、〇七二円の限度で消滅したものというべきである。したがって、前記原告トヨの抗弁は、右の限度で理由があるが、その余は、前記第一、二において説示したとおり、自働債権の成立を認めることができないから、失当であるといわなければならない。

5  次に、原告トヨの抗弁4について判断するに、原告トヨが被告に対して金一二、〇〇〇円の損害賠償債権を取得したことは、前記第一、三2において説示のとおりであり、同原告が、その主張のとおり、昭和五三年一〇月一九日右損害賠償債権をもって被告の反訴請求原因1(一)ないし(三)の各貸金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、被告において明らかに争わないので自白したものとみなされ、同原告及び被告が充当の指定したことの主張・立証はない。そこで、その充当について判断するに、前記事実関係によると、右相殺適状は、原告トヨの損害賠償債権の弁済期であると認められる昭和五〇年四月一六日(本訴請求原因2(二)(1)ないし(13)の各打電のうち、違法であると認定したもののうちの最終打電である同(11)の打電日)に生じたものというべきところ、前記被告の各貸金債権の弁済期における貸付元金に対する弁済期の翌日から同月一五日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金は、別紙計算書のとおり、金二、五三九円となり、前記損害賠償債権金一二、〇〇〇円は、民法五一二条、四九一条により、まず右遅延損害金二、五三九円に充当され、残額九、四六一円が同法五一二条、四八九条三、四号により反訴請求原因1(一)及び(三)の各貸金債権の元本にその債権額に応じて充当されたものというべきである(なお、被告は、本件反訴において前記各貸金の同月一五日までの遅延損害金を請求していないことは明らかであるが、原告トヨの相殺の抗弁に対する再抗弁として右遅延損害金債権の発生を主張しているものと解する。)。

6  そうすると、原告トヨは被告に対し、反訴請求原因1(一)および(三)の貸金合計二九万円から前記5記載の相殺によって消滅した金九、四六一円を控除した金二八〇、五三九円、及び同(二)の貸金一八万円から前記4記載の相殺によって消滅した金八、〇七二円と被告において自認する弁済額金一〇万円を控除した金七一、九二八円、以上合計三五二、四六七円を支払うべき義務があるというべきである。

二  被告の原告トヨに対する保証債務金請求について

《証拠省略》によると、反訴請求原因2(一)(1)の事実を、《証拠省略》によると、同2(一)(2)の事実を認めることができる。

《証拠省略》によると、反訴請求原因2(二)の事実を認めることができる。

原告トヨは、請求原因2(二)の連帯保証の意思表示は被告の強迫によるものであるから取消した旨主張(抗弁5)するが、右連帯保証契約をするに至った経緯は前記第一、二1において認定したとおりであり、右事実によっても右原告トヨの連帯保証の意思表示が被告の強迫によるものとは認められず、他にこれを認めるに充分な証拠もない。したがって、右原告トヨの抗弁は採用することができない。

第三結論

一  原告トヨの債務不存在を求める各請求中、(1)別表1(7)の貸金の債務不存在確認を求める請求については、前記金七一、九二八円を超える限度において理由があるのでこれを認容し、その余を失当として棄却し、(2)その余の請求は、確認の利益がないのでその訴を却下する。

二  原告トヨの不当利得金(過払金)の返還を求める請求は、失当として棄却する。

三  原告忠男の不法行為による損害金の支払を求める請求は、金三万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五一年六月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余を失当として棄却する。

四  原告トヨの不法行為による損害金の支払を求める請求は、失当として棄却する。

五  被告の反訴請求は、貸金三五二、四六七円、連帯保証金一二五万円の内金一一五万円、合計一、五〇二、四六七円及びこれに対する本件反訴状陳述の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五三年一〇月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余を失当として棄却する。

よって、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒田直行)

<以下省略>

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